あの頃の“キラキラ”が帰ってきた。平成女児と推し活文化
ランドセルの奥にしまっていたキラキラのシール。
放課後に回していたプロフィール帳。
お気に入りのペンで何度も書き直した「好きなもの」。
2025年、「平成女児」という言葉が新語・流行語大賞にノミネートされ、大きな話題になりました。
懐かしさとともに広がったこのワードは、単なる思い出話ではなく、いまのカルチャーを読み解くヒントにもなっています。
アクリルスタンドを持ち歩き、推しカラーのグッズを集め、スマホケースをデコる。
「かわいいを持ち歩く」「好きなものを可視化する」という感覚は、あの頃から続いているのかもしれません。
今回は、平成女児カルチャーと令和の推し活文化の共通点について考えてみたいと思います。
「平成女児」ってなに?

「平成女児(へいせいじょじ)」とは、2000年代に小学生だった女の子たち、そしてその文化やアイテム、感性をルーツに、Z世代のあいだで再注目されているカルチャーを指します。
キラキラした装飾やキャラクター中心の世界観、ピンクやパステルカラー。
「盛りすぎなくらいがちょうどいい」自由なかわいさが象徴的です。
この平成女児カルチャーを楽しむ層は、大きくふたつにわけられます。
ひとつは、1996〜2001年頃生まれの世代。実際に平成文化の中で育ってきた層です。
この世代は、サン宝石やオシャレ魔女ラブandベリー、プリキュア、たまごっちなどをリアルタイムで経験し、「懐かしい」という感情とともに楽しんでいました。
もうひとつは、2002年以降生まれを中心とした若者たち。
彼女たちにとって「平成女児カルチャー」は、スマホやSNSが当たり前のデジタルネイティブ世代ならではの感性で楽しむものです。
当時のアイテムを単に「懐かしい」と振り返るのではなく、そのビビッドな色彩や独特の質感を「エモい」「逆に新しい」と解釈し、SNS映えする最新コンテンツとして再定義して取り入れています。
両者に共通しているのは、「自分の直感を信じて、“かわいい”を肯定する」というマインドです。
他人の目ではなく、自分のときめきを最優先する。この純粋な価値観こそが、ブームの核となっているのではないでしょうか。
なぜ今、“平成女児”は再ブームになったのか?

平成女児という言葉が再び注目されている背景には、「平成レトロ」と呼ばれるムーブメントの広がりがあります。
音楽やファッション、キャラクター文化など、2000年前後のカルチャーが見直され、当時を知る世代が大人になった今、自分の意思であの頃好きだったものを選び直す動きが生まれているのです。
子どもの頃に夢中になった色やモチーフを、いまは大人として改めて楽しめる。
子ども時代を思い出して感じる懐かしさが、再ブームを支えています。
しかし、再ブームになった理由はそれだけではありません。
現代の平成女児カルチャーは、リアルな記憶そのままではなく、「ネオレトロ」として再解釈されています。当時を知らない世代が感じる「なんだかエモい」「逆に新しい」という世界観があるのです。
当時のデザインやモチーフは、いまの感性に合わせてアップデートされています。
写真に撮りたくなる色味やサイズ感、日常に取り入れやすい形へと再編集され、SNS時代のカルチャーとして再び広がっているのです。
また、価値観の変化も影響しています。
甘くて装飾的なデザインが子どもっぽいとされる時代は終わりつつあります。
年齢に関係なく、自分の「好き」を肯定できる空気が広がったことも、平成女児ブームを後押ししている理由のひとつといえるかもしれません。
こうした動きは、いまの推し活にも通じています。
平成女児カルチャーと現代の推し活の共通点

平成女児カルチャーを象徴するキーワード。
それが「デコる」「集める」「持ち歩く」の3つだと考えています。
そしてこれらは、表現の対象こそ違えど、好きを可視化する文化という点で、現代の推し活と共通しています。
デコる
文房具にシールを貼り、プロフィール帳をカラーペンで埋め、持ち物を自分らしく飾る。そこには、既製品をそのまま使うのではなく、自分仕様にする楽しさがありました。
この感覚は、いまの推し活にもはっきりと受け継がれています。
トレカケースをラインストーンやホイップデコで装飾したり、アクリルスタンドを背景付きで撮影したり、バッグに缶バッジを並べたり。
グッズは単なる所有物ではなく、世界観を表現するキャンバスのような存在になっています。
この「自分だけの一品を作る」というこだわりは、かつてシールを交換し、限られたスペースに自分らしさを詰め込んだあの頃の記憶と、地続きでつながっているのです。
集める
当時のシール帳やキャラクター文具と同じように、いまはアクスタやフォトカード、限定グッズを集める。そろえること自体が楽しみであり、好きの証でもあります。
シリーズをコンプリートしたい気持ちや、限定デザインを手に入れたときの高揚感。
それは「物を増やす」というよりも、自分の世界観を少しずつ完成させていく感覚に近いのかもしれません。
かつて放課後の教室で行われていた「シール交換」は、いまやSNS上での「交換・譲渡」という文化へと姿を変えました。
しかし、手元にある大切なものを誰かと共有し、コレクションを完成させていく喜びの本質は、今も昔も変わりません。
並べて眺める時間や、収納方法を工夫する時間も含めて、「集める」ことそのものがひとつの体験になっています。
持ち歩く
お気に入りの文具をペンケースに入れていたあの頃のように、いまは推しグッズをバッグに忍ばせる。
好きなものを日常の中に置いておく安心感は、時代が変わっても変わりません。
バッグの中に小さなアクスタがあるだけで、通勤や通学の時間が少し特別になる。
スマホケースに推しのトレカを挟むだけで、自分らしさをそっと持ち歩ける。
「持ち歩く」という行為には、好きなものと一緒に日常を過ごすという、ささやかな幸福が込められています。
また、かつて自分のすべてを書き込んだ「プロフィール帳」が、いまやSNSの自己紹介(lit.linkなど)や推し活用のプロフィールに置き換わったように、私たちは常に「自分は何が好きか」を可視化し、誰かと繋がりたいと願っているのかもしれません。
キラキラは、子どもだけのものじゃない
平成女児という言葉が広がったことは、単なる懐かしさの共有ではなく、「かわいい」や「ときめき」をもう一度肯定する動きでもあります。
その時代を体験していた世代にとっては、かつての自分をなつかしみながら、大人になったいま改めて楽しむカルチャー。
リアルタイムで体験していない世代にとっては、少し前の時代の世界観を、自分なりに取り入れるスタイル。
どちらに共通しているのも、「素直にかわいいと思える空気感」への共感です。
大人になるにつれて、日常は少しずつ現実的になっていきます。
仕事や人間関係、将来への不安。合理性や効率が優先されるなかで、「かわいい」「好き」と言える時間は、思っている以上に貴重なものになりました。
令和の推し活は、若者だけの文化にとどまりません。
お気に入りのグッズをバッグに入れる、スマホケースに挟む、部屋に飾る。
それだけで少し気持ちが明るくなる。その感覚は、平成女児の頃に感じていたときめきとどこか重なります。
平成女児のキラキラは、決して過去のものではありません。
それは、令和の推し活というかたちで、いまも自然に続いている文化なのです。
